傷を消毒しない理由

2004年2月1日

感染による創傷治癒障害

 創傷が発生した場合、これに細菌感染がおこると細菌の出す毒素によって創傷内に微小血栓ができ、血流不全から組織壊死が進行します。また血流障害は、細菌を攻撃する好中球やリンパ球、あるいはマクロファージの活動や遊走を妨害します。さらに、細菌から分泌される蛋白分解酵素によって組織が融解し、創傷範囲が拡大します。
 このように、細菌感染によって急速に創傷の状態は悪化します。そして患者の免疫能が低下している場合は、全身感染症あるいは敗血症へと進展する危険性が出てきます。

創感染の発生因子

 創感染の発生には、「細菌数」のみが関与するわけではありません。この他に「創環境」、つまり異物の存在や組織血流障害の有無、あるいは創面がよくドレナージ(開放)されているかなどが重要です。そして何よりも生体側の「防御力(免疫力)」がしっかりと機能していることがポイントです。この防御力にとっては、体全体の体力や栄養状態も大事ですが、創傷局所にとっては、創面で免疫力を発揮する白血球(多形核白血球・マクロファージ・リンパ球)の活動が制限されていないか、あるいは創面の組織損傷の程度が重要です。つまり、創感染は、これら「細菌数」「創環境」「防御力」の3つの力のバランスによって成り立っているのです。創面の消毒はこのうち「細菌数」のみを減少させることを目指したものです。

汚染創消毒の是非

 創感染もなくしっかりとドレナージされている創面が細菌で一時的に汚染された場合、つまり一般的な開放創を意味しますが、このような時に創面をイソジンで消毒すると細菌感染を予防することができるでしょうか。これについては1982年にRodeheaverらがモルモットの背中に開放創を作った実験で結果を報告しています1)。まず創面に細菌を散布し、イソジンで消毒すると、生理的食塩水だけで洗浄したよりも有意に細菌数は減少していました。しかし4日後に創感染率をみてみると、イソジン消毒群では100%感染していましたが、非消毒群では全く感染していなかったのです。創面の消毒は感染の原因になっていたのです。
 Balinらは、一般の消毒に用いる10%というイソジン液どころか、0.01%というずっと薄いイソジン液であっても、創傷治癒に重要な線維芽細胞の増殖を抑制すると報告しています2)。またVan Den Broekらは、0.1%のイソジン液は防御力に関係する白血球やマクロファージに有害であったと報告しています3)。
 以上の報告などから、感染のおこっていない汚染創(つまり開放創)において、創面をイソジンで消毒することは、従来医師が直感的に信じてきた感染予防効果は全く無く、むしろ感染誘発作用があり決しておこなってはいけない行為だったのです。

感染創の消毒の是非

 では、既に細菌が増殖を始めている感染創において創面の消毒は意味があるのでしょうか。「感染していない開放創は消毒すべきではない」という点に賛同する多くの医師も、「感染創においては消毒は良いじゃないか」という医師がほとんどです。
 2000年に上地正美らは、実験的に作った感染創において浸透圧による影響を調整して、酸性水・イソジン液・蒸留水の三種類の洗浄液で創面を洗浄し、創傷治癒速度を比較した結果を報告しました4)。まず、この三つの洗浄液で洗浄後の創面の菌数には差がありませんでした。つまり感染創では細菌は表面ではなく創内にいるため、蛋白質を含む浸出液ですぐに失活する消毒液の効果はほとんどなく、洗浄という物理的な行為による菌数の減少しか関係はなかったのです。さらに創傷治癒速度に関しては、酸性水およびイソジン液で洗浄した群よりも、蒸留水で洗浄した群で有意に速くなっていました。
 上地らは、浸透圧が組織液と同一である生理的食塩水で洗浄すればさらに創治癒に有利であろうと結論しています。

開放創におけるイソジン消毒は有害

 以上の実験結果からはっきりと言えるのは、創が感染していようがいまいが創傷面をイソジンで消毒することは、創感染の予防効果や治癒促進効果は全くなく、むしろ創の感染の原因となり治癒が遅くなるだけなのです5.6)。

開放創の正しい処置法

 開放創において、創感染の予防としては異物を除去し、創面を十分に生理的食塩水で洗浄することが基本です。また感染創でも、まず異物を除去し創を解放ドレナージして生理的食塩水で十分に洗浄することが大切なのです。実はこのことは外科学においては最も基本的な手技であり、創面を消毒するということはいかなる外科学の教科書にも載っていないことであり、単に勉強不足の医師の直感でしかなかったのです。

※本内容は、日本看護協会出版会(http://www.jnapc.co.jp)「コミュニティーケア」2004年2月号に記載した内容を一部改編して掲載しました。

参考文献

  1. Rodeheaver G., et al. : Bactericidal activity and toxicity of iodine-containing solutions in wouds. Arch Surg 117; 181-186: 1982
  2. Balin AK., et al. : Dilute pobidon-iodine solutions inhibit human skin fibroblast growth. Dermatol surg 28; 210-214: 2002
  3. Van Den Broek PJ., et al. : Interaction of povidone-iodine compounds, phagocytic cells, and microorganisms.
    Antimicrob Agents Ghemother 22; 593-597: 1982
  4. 上地正美, 他 : 創傷治療における酸性水とポビドンヨードの消毒効果の比較. 動物臨床医学 9; 7-12: 2000
  5. 塚田邦夫 : 褥創患者に消毒薬を使わない. Visual Dermatology 2; 482-484: 2003
  6. 塚田邦夫 :消毒. 閉鎖性ドレッシング法による褥創ケア 徳永恵子,塚田邦夫 編著 南江堂 東京 30-34 2003