創部に水道水を使う

2005年2月1日

<在宅では多いに勧められるが、病院や介護施設では勧めない>

 創洗浄液として水道水は安全かというテーマで検討した論文が多く出てきている。ほとんどが米国からのものであるが、大部分の結論は安全に使えるというものである。臨床の現場でも、入浴などをすると創治癒が進むことは認められており、その延長として創洗浄そのものを水道水で行うという発想は自然の流れであろう。
 ほとんどの論文では、水道水と生理的食塩水の間には感染率や創治癒速度に有意差が無いという結果である。しかし、いくらこのような報告が続いても、例えば心臓手術の術野の洗浄や、そこまでではなくても開腹手術での腹腔内洗浄を水道水でやるという医師は、今後も絶対に現れないであろう。実際、水道水を創洗浄に使う全ての研究は、体表のしかも深部臓器に損傷が及ばないものに限定されている。
 では、なぜ腹腔内など深部臓器の洗浄に水道水を使わないのであろうか。また、なぜ滅菌精製水や蒸留水ではなく生理的食塩水を使うのであろうか。これは、既に細胞の生存あるいは増殖にとって何が必要かが判っているからである。つまり、腹腔内などの生きた細胞は、細胞内部と同じ浸透圧、つまり等張液でないと活動できなくなるからである。この点、生理的食塩水はその名の通り細胞外液に近似した組成であり生理的にできており、浸透圧も等張である。つまり細胞にやさしいのである。
 では、体表の傷に対してはなぜこのように無頓着になってしまうのであろうか。
 おそらく外傷は十分に洗浄し異物が無くなれば、多少のことでは感染しないことを経験的に判っているからであろう。
 さて、今後であるが体表に限局した創傷に対し、水道水を使うことはさらに進むと思われる。浸透圧の差などは大した悪影響を与えないからである。もっと言えば、より悪いことを沢山しているからこの程度の障害はほとんど問題にならないのである。
 より悪いこととは、「創面を乾燥させること」「創面を消毒すること」「創面にできてきた肉芽や新生表皮をこすること」があげられる。しかし、これらの事に注意するとき、生理的食塩水を用いる場合と水道水を用いる場合で差が出てくる可能性がある。
 さて、私としては水道水を医療施設で用いる場合に、創感染率や治癒率などの学術的な面を除いても、二つの問題点があると思っている。一つは、院内感染の問題であり、もう一つはコストの問題である。水道水そのものは無菌と考えられるが、入れる容器が問題になる。水道水を入れる容器は使い捨てにするのであろうか。使い捨てにするのであればコストが高くなる。再生するのであればそれは消毒しないのであろうか。消毒のコストは意外と高くなり人件費もばかにならない。容器を石鹸で洗うだけであればMRSA等の院内感染対策はどうするのであろうか。水道水は無菌に近くても容器が汚染されていれば院内感染の原因になりうる。感染対策委員会は了解しないであろう。ただし在宅では相互感染の可能性は無いため、食器と同じ感覚で容器を石鹸で洗えば良いと考える。
 そもそもアメリカでは、生理的食塩水は大変手に入れにくいものである。アメリカの在宅で生理的食塩水を使おうとすると、まず医師に処方箋を書いてもらいそれをもって薬局に行くのであるが日本と比べ著しく高い値段がついている。それと比べ日本では生理的食塩水の500ml瓶でも100円そこそこしかしない。医療や介護の入院入所施設での容器に入れての水道水使用は、院内感染予防においてもコスト的にもメリットがあまり無いのではと考えている。

※本内容は、臨床看護(へるす出版、2005年2月号)に掲載した「創洗浄液として水道水と生理食塩液の有効性を比較した2つの文献」を改変して記載した。