(28)糖尿病と創傷治癒

2007年8月

  糖尿病は体にインスリンが足りなくなる病態ですが、創傷にはどのような影響があるのでしょうか。今回は創傷治癒と糖尿病の関係について検討してみます。

インスリン欠乏の病態
  体の全ての細胞はブドウ糖をエネルギー源にしています。ブドウ糖は各組織の近くまで血液で運ばれますが、細胞の中へ取り込まれるためにはインスリンが必要です。インスリンが不足すると細胞内へのブドウ糖の取込みが十分に行えなくなり、全ての細胞の活動性が低下します。細胞内ブドウ糖の不足が起こると、ブドウ糖新生促進スイッチが入ります。まず筋肉組織などの蛋白質が分解されてアミノ酸となり血液中にでてきて、肝臓へ運ばれ更に分解され、ブドウ糖が合成されます。
  このように糖尿病状態では、血液中にすでに過剰な糖が存在している状況にあっても、蛋白質は分解され糖が新たに作られて、更に血糖値は上昇へと向かいます。これが糖尿病で高血糖になるメカニズムの一端を担い、「充満の中の飢餓」と呼ばれる状態になります。これらは全てインスリン不足によるものです。
  インスリン不足の病態としては、「インスリンの絶対量の不足」と「インスリン抵抗性」の両者が関与します。

糖尿病での蛋白分解と創治癒
  インスリン不足の状態下では、上に書いたように蛋白質がどんどん分解され、筋肉はやせ細っていきます。つまり蛋白質合成よりも分解が促進していますが、これは「異化亢進状態」と呼ばれる状態です。創傷が治っていくときは創傷内で蛋白質合成が進む必要があります。肉芽組織、毛細血管、表皮など全ての細胞や組織は蛋白質から成っています。蛋白質合成が低下し蛋白質分解の亢進した「異化亢進状態」下では、これらの合成が障害されるため創治癒は遅延してしまいます。

糖尿病異化亢進状態の対策
  創傷治癒を改善するために、この異化亢進状態をどのようにして改善すればよいのでしょうか。まずは、インスリンを注射によって補うことが挙げられます。糖尿病の方に手術を行うときなどは、このインスリン注射薬による補充療法が基本となります。
  次には、インスリン抵抗性改善薬なども選択に挙がります。創傷が過大なものでなかったり、食事が摂れるような方では、食事によるコントロールも重要です。インスリンの不足した状態に合わせ、食後の高血糖をおこしにくい食事内容にしたり、間食、特に夜間のカロリー摂取を避けて膵臓のβ細胞を休ませたり、食後に運動をしてカロリーを消費するなどの方法を選択します。肥満傾向の方では脂肪細胞が大型化して数が多くなりインスリン抵抗性の原因になっており、特に食後の運動療法が重要になります。
  このようにして、緊急あるいは総合的に異化亢進状態の改善を行うことによって、創傷内での蛋白合成が復活し、創傷治癒を再開させることができます。

糖尿病による血液変化と創遅延
  糖尿病状態が持続すると、赤血球の色素であるヘモグロビンに変化が起こります。つまり糖と結合したヘモグロビン(糖化ヘモグロビン = グリコヘモグロビン = HbA1c)が多くなります。赤血球は約3ヶ月の寿命ですが、その時々の糖の量を反映してグリコヘモグロビン(HbA1c)が作られます。高血糖が持続するとHbA1cも継続的に多く作られ、結果としてヘモグロビンに占めるHbA1cの比率は高くなります。結局ある時点でのHbA1cの値を知ることによって、おおよそ過去1ヶ月間の血糖コントロール状態を推測しています。
  このHbA1c値は糖尿病のコントロールを知る指標としての意味はあるのですが、実は我々の体には大変な悪影響を及ぼしています。HbA1cは酸素との結合が大変強い特徴があります。HbA1cが多くなると赤血球は末梢で酸素を放出しにくくなり、つまりは組織酸素濃度が低下します。あたかも一酸化炭素と結合したヘモグロビンが酸素を放出しにくいことと似ています。創傷治癒のためには、創部で毛細血管から酸素を十分に供給されることが重要ですが、HbA1cが高くなると創傷治癒にとって大変不利となります。
  さらにこのHbA1cの多い赤血球は毛細血管での血液の流れを悪くします。一つには赤血球の変形能が低下し、毛細血管で詰まりやすくなるからです。もう一つは赤血球の粘着性が高くなり赤血球同士がくっついて固まりになってしまうためです。やはり毛細血管は詰まりやすくなります。このようにして毛細血管に微小血栓ができるため、創傷部への酸素供給が低下し創治癒は遅くなってしまうのです。
  ところが毛細血管のみではなく、大血管でもHbA1cの悪影響が知られてきました。つまり大血管での動脈硬化促進をもたらすのです。実際糖尿病の方では大血管のアテローム硬化変性による動脈閉塞(閉塞性動脈硬化症)が高率で発症します。
  閉塞性動脈硬化症により血流障害に陥った下肢では、極めて難治性の潰瘍が発症します。ほんの小さな靴ずれのような傷でも、治療に反応せずどんどん悪化し、創感染もおこり結局足を切断せざるを得ない事態も珍しくはありません。

糖尿病による免疫能低下
  インスリン不足による細胞活動性の低下は、免疫細胞である好中球やリンパ球にも影響を与えます。これらの細胞活性の低下は即免疫能の低下と直結します。創感染がおこりやすく、また一旦おこった創感染は治りにくくなってしまいます。感染創傷がみられた場合、インスリン投与によって緊急にインスリン不足を改善することが求められます。

糖尿病による末梢神経障害
  糖尿病による高血糖持続は、末梢神経にも影響を与えます。長く延びた神経突起を被う神経鞘内にソルビトールがたまって浸透圧が上昇していきます。その結果神経細胞が障害を受け神経細胞内で電気信号が伝わらなくなります。このようにして糖尿病性末梢神経障害が発症します。このソルビトール蓄積阻害を目的としてキネダックという薬も発売されています。
  末梢神経障害がおこると創傷治癒にはどのような影響がでるのでしょうか。末梢神経には、知覚神経、運動神経、自律神経がありますが、これら全ての神経で障害が起こります。知覚神経では、糖尿病でよく見られる四肢末端、特に下肢での知覚障害が有名で、靴ずれの痛みが分らず感染した深い潰瘍の発症へとつながります。
  運動神経障害では、足根骨を支える筋肉が萎縮し足が変形し、靴ずれが起こりやすい状況をもたらすことが知られています。自律神経障害はインポテンツが有名ですが、創傷治癒に関しては皮下の動静脈シャントへの影響が重要です。
  皮下にある動静脈シャントは自律神経によってコントロールされており、外気温度の変化によって血流シャントを閉じたり開いたりして体温のコントロールを補助しています。糖尿病性末梢自律神経障害になると、皮下の動静脈シャントが開きっぱなしになり、皮膚はいつも暖かい状態が維持されます。糖尿病の方では暖かい皮膚の方が多いのはこのためです。
  しかし、温かいにも関わらず、皮下で血液が動脈から静脈へと毛細血管を介さず直接シャントしているため、真皮への血流減少によって真皮の厚さが薄くなり、また表皮への酸素や栄養供給が低下しドライスキンとなり、また表皮真皮結合力が低下して表皮剥離しやすくなります。つまり損傷しやすい表皮と真皮になります。ただ個人的経験としては、皮膚障害は確かにおきやすいのですが、動脈閉塞がなければ、発症した皮膚創傷での治癒速度は遅延しない印象でした。

  以上糖尿病における創傷治癒について解説いたしました。糖尿病でのインスリン不足や高血糖の持続は、いろいろなメカニズムで創傷治癒に悪影響を与えます。日頃から糖尿病をコントロールしておくことがやはり望まれると思います。