第66回 「移乗委員会とポジショニング」

2013年5月16日

症例検討会

はじめに

褥瘡委員会の他に移乗委員会があり、利用者と介助者にやさしい移乗介助をおこなっている。外部研修会に行き、情報をメンバーに伝え、また福祉用具も導入していくとのことであった。
福祉用具として、スライディングボード、スライディングシートなどを使用し、移動時のズレを減らし、圧抜き時の摩擦を減らしていった。
体圧分散マットを切り、座布団大にして座位時の体圧分散用具とした。各種のクッションやマットを工夫してポジショニング用に使った。
例えば、円背があり仙骨座りをしている利用者には、U字型の長いクッションを用いて背中全体を支えることで姿勢を修正した。ナースパッドもたたむようにして背中に用い、円背の方が痛み無く座れるようにした。頭を後ろへそらしている方には、わきの体重を乗せるようにクッションを前側に用いると首が前に出て楽な姿勢を取るようにできた。左に傾いて車イスに座っていた方では、足や体幹のポジショニングをすることで、楽な姿勢を保てるようになると、表情が柔らかくなり発語も出て来たとのことであった。

<症例提示>

症例1
「左踵部褥創:栄養管理とポジショニングの工夫」

80代後半の女性。要介護度3、日常生活自立度C1、認知高齢者の自立度IV。
摂取栄養は、1600Kcal/日、身長160cm、体重67.3kg、BMI 26.3、ブレーデンスケール16点。アルツハイマー型認知症、心房細動、腰痛症、慢性心不全などがある。
黒色痂皮を伴う左踵部褥創があった。まず体重減少を目指し、管理栄養士と相談しながら、カロリーを1250Kcalにした。しかし、プロテインパウダー等を利用し、蛋白質量は標準を保った。その結果、体重54.8Kg、BMI 21.4になった。血清アルブミン値は、2.8から3.3へ上昇した。
局所療法は、ネオヨジンシュガー軟膏とし、壊死組織を除去し、パッドとスポンジを使用した。どうしても同じ方向を向き、褥創部の圧迫がかかるため、ベッド上で頭の位置を逆にしたところ、入り口の方を見るため、圧がかからなくなった。褥創は浮腫が取れたため、スポンジの使用をまず止めた。更に滲出液が減ってきたためワセリンへ変更した。褥創は約2.5ヵ月で完治した。

症例2
「左仙骨部褥創:臥位と座位のポジショニング」

90歳代女性。要介護度3、日常生活自立度B2、認知高齢者の自立度 IIIa 。
身長149.5cm、体重38.5Kg、BMI 17.3 。ブレーデンスケール8。
脳梗塞、心不全、肺炎、心房細動、右大腿骨頚部骨折、急性硬膜下血腫などがみられた。
肺炎等のために、病院へ入院となり、安定して帰ってきた。血清アルブミン値は、3.0から2.9へ低下した。
左仙骨部に褥創があり、座位保持が難しくなっていた。車イスでは足をフットレストから落とすため、車イスにビーズクッションを用い、その上に大腿部が凹んだ形の低反発クッションを用いた。また前側を高くした。
体位変換はベッド上では1日10回とし、ポジショニングも壁に貼って全員で方法を統一した。局所療法はイソジンシュガーに穴開きフィルムを用いた。
このような方法で、褥創の大きさは小さくなり、5.5×8cmあったポケットも、3×3.5cmまで減少した。しかし、ポケットは存続し、治癒の見込みはあまりない。

以上のように、移乗委員会、褥瘡委員会、管理栄養士、作業療法士などが、意見を出し合いケアにあたった。このようなポジショニングを考えたケアを行うと、利用者の表情に変化が出始めることが感じられた。

開場からの質疑応答

会場からは、例示の症例はマヒや拘縮はどうなっていたのかとの質問に、股関節と膝に拘縮があって、そのための姿勢の乱れを補正したとのことであった。この他の症例で、マヒのある人も補正することで、ご飯も食べられるようになり、手も使えるようになったとのことでした。

会場では、「もっとひどくて寝たきりの人が多いが、ティルト車イスの利用もしている」とのコメントがあった。
また、「ベッドの寝る方向を変えることで、うまくいく例が多い」との意見もありました。

会場からは、「私たちは反応の無い様な人には、全員エアーマットレスとクッションを用いている。その結果褥創ができていないのは、素晴らしいと思っている」との発言がありました。それに対し、発表者からは、エアーマットレスは1つしか無く、この例ではその1つが使われたとのことでした。また、スライディングシートは自分たちで製作した。
安売り店などを回ってクッションを買ってくる。例えば、抱き枕やロングクッションを買ってくる。値段は専用のものと比べると10分の1以下である。座位用マットレスは、使わなくなったマットレスを切り、防水シートを切ってマットレスカバーにして作った。という現場で工夫の実状と苦労が明らかになった。
同様に他の施設からも、自分たちも中身は家族に適当なものを家から持参してもらい、カバーは自分たちが縫っているとの話しもあった。更に、自作クッションを作る研修会があって、それでスポンジを買い、切り方も習い、自作クッションを大量に作ったとの発言もありました。
専用のクッションを使っている施設もあったため、自作のものと専用のものではどこが違うか、あるいは違わないのかと聞いたところ、やはり自作であったり、家族の持ってくるものは、蒸れる材質が多いとの意見でした。

車イスが移動用のもので、生活用ではないとの指摘に対し、車イスの選択の余地はないとのことで、足がしっかり付くことを目指すが、しっかりあったものはなかなか難しい。この方では他の方が亡くなって、合うものが使えるようになった。これ以上のものは難しいとのことでした。
会場からは、本当はモジュールタイプの身体に合わせることができるタイプの車イスが好ましく、更に重症の方ではティルトタイプ車イスの使用が必要とのことでした。現在、病院は収入が増えてきたことと、宣伝効果もあり、モジュールタイプやティルトタイプの車イスがドンドン使われるようになっている。
在宅では、レンタルで身体にあった車イスを介護保険で使用できる。しかし、介護施設では、収入が少なく用具にお金をかけられる施設はほとんど無い。その結果、安い移動用車イスや、そのたぐいのものしか置けないのだろうとの発言がありました。

会場から、ポケットは治らないのではないかとの発言がありました。
このような例で、ポケットを切開したり、持続陰圧吸引をかけたりするが、いつも治らずジレンマである。体位変換をすればポケットは大きくなり、ADLを向上させれば褥創は悪化する。うまくいかないとのことでした。この例では、切開しないとダメではないかとの意見でした。あるいは、ポケットと共存という考え方もあるのではとのことでした。また栄養改善すると良くなるとの意見もありましたが、栄養を上げても血液データは良くならなかったとのことでした。
血清アルブミン値が2.9なら、まだ条件はよい方で、治るのではないか。やはり問題は、車イス座位でのポジショニングではないか。左へ傾いているだろうし、ズレも働いている。それとやはり栄養改善はしても良いだろうとの意見でした。

質問として、車イスは結構不安定であり、特に移動用の車イスは2時間も座っているとイヤになる。移動用車イスだったら、手すりのある普通の椅子に座らせた方が良いのではないかとの意見がありました。なるほどとの意見もありましたが、友人でイギリスの介護施設に長期間行っていた人の話では、車イスに乗っているのではなく、椅子に座っていたとのこと。しかし、イスから車イスやベッドへの移動は面倒なため、椅子に6時間ずっと座りっぱなしになっていたとのことでした。6時間の間、オムツもそのまま替えずにいたとのことでした。
それだったら、車イスでも余り変わりなく、外国が良いとも言えず注意が必要との意見でした。
スエーデンやデンマーク、あるいはオーストラリアやニュージーランドでは事情が違うのではとも考えられましたが、それだったら、ポータブルトイレも考えて良いのではとの意見がありました。ポータブルトイレは高さが調節できたりいろいろあり、そちらでやる方法もありかとの意見でした。
高さ調節できる市販の安いイスを、ネットで調べて購入してもらったこともあり、良かった。しかし、この方は歩行が可能な方であり、歩行や立位ができない方では、確かにイスから車イスへの移動は、介護技術がないと腰を痛めるだろう。ではリフトがあればよいのではとのこともあるが、お金がまたかかる。
やはり、生活用車イスの購入や、介護施設でもレンタルで使えるような制度の改善が必要なようである。

まとめ

移乗委員会があるだけで、素晴らしいと考えました。実際手作りのポジショニング用具をうまく使い、講習会などで示される専門のピローなどを使った時と同様な、使用前・使用後の素晴らしい姿勢の改善を示されたのは大変な驚きでした。途中まではしっかりした市販用具を使っているのかと思っていました。
しかし、そうは言っても限界があり、介護者にこのような苦労をかけるのではなく、介護保険で介護施設の車イスレンタルができるようにしてもらいたいと感じました。
しかし、介護施設はもとより、在宅においてもポジショニング用具は介護保険ではカバーせず、貧相な用具を使い不十分なポジショニングが行われているのが現状です。
このような現実の矛盾を今一度思い起こさせられた症例報告でした。