第60回 「精神疾患の褥創、創周囲石鹸洗浄はしない」

2012年5月17日

症例検討会

<症例提示>

60歳代男性。日常生活自立度A1。統合失調症を20歳時に発症し、慢性便秘、パーキンソン病、胃潰瘍、内痔核などがみられるが、1年3ヶ月前にイレウスを発症し保存的に治療されている。
幻覚、妄想、健忘があり、短期記憶に問題がある。
1.5ヶ月前の入浴時に、仙骨部褥創を発見された。ステージII褥創で、イソジンシュガー軟膏+小さなガーゼ+フィルム材で処置されている。
褥創は治癒傾向になく、絆創膏部のビランもみられた。
イレウスを発症し、2~3日禁食になり、その後五分粥となり、摂取栄養が低下した。その後全粥になったが、この間1.5Kg位の体重減少がみられた。
オムニマット(ウレタン)を導入したが、抗精神薬の減量などもあり、臥床傾向となった。そのため体交枕なども導入された。
血液検査成績は、TP6.6、Alb 3.0、Hb11.4であった。
尿は1日4~5回、便は2~5回で、便失禁があり紙おむつ使用となった。

これまで普通に歩いている場合、精神疾患の方に対し褥創予防対策はしてこなかったことを、この症例を通して反省した。その上で精神疾患の褥創発生要因について考察した。

  • 知覚障害を持っているため、疼痛や掻痒感、しびれなどに対し自覚しない。あるいは「どこかの国とどこかの国が戦っている」など、違ったものとして知覚することがある。
  • 意欲の低下から、同じ姿勢をとり続ける。
  • 妄想やうつ傾向による摂食や嚥下障害による栄養低下。
  • 不潔になったり、失禁による汚染、抗精神薬による発汗などで、過湿潤になる。

これらの発症原因に対し、予防として

  • 患者と信頼関係を作ったり、レクリェーション等により活動性を保持する。
  • 朝は食事するが薬がきれる昼や夜は食べなくなること、イレウス対策による下剤投与による下痢などで栄養障害になるが、栄養状態を保持する。
  • 圧迫摩擦の予防をする。
  • 皮膚の観察をする

等が大切なことと考えられた。

これからの対策として、寝たきり状態でなくても、昏迷などで同じ姿勢をとり続ける場合や、抗精神薬治療でスキントラブルが無くても活動性が低下していると判断される場合、褥創対策を始めたいとのことでした。

<昨年の症例 その後>

以前この会で3つの症例を呈示したが、そのうち症例2は亡くなったがあとの2症例の結果を示された。
症例1.
経管栄養で時々誤嚥性肺炎をおこしている。創部には何もせず、ワセリンを塗布し、おむつを直接あてることで褥創は治癒した.治った部分は、薄い皮膚で覆われているが、植物油で拭き取り、ワセリン保護で再発せず過ごしている。
症例3
円背で関節拘縮のある方であった。左腸骨部褥創があった。
オムツは2枚を1枚にし、車イスへの移乗は止め、ベッドでケアすることにした。関節の拘縮はなくなり、おむつをあてるのも楽になった。円背で車イス乗車が苦痛だったのだろう。背中を調節できる車イスがないので、このような対応となったが、褥創は治癒した。

以上のような症例提示に対し、ディスカッションが行われた。

<ディスカッション>

困っている点は何かという質問に対し、便汚染が1日2回くらいあるが、イソジンシュガー軟膏にガーゼとフィルム固定でよいのだろうか。治療法を聞きたい。とのことでした。
使える軟膏等について質問があり、創傷被覆材は使用できず、軟膏は、カデックス、イソジンシュガー軟膏、ワセリンであるとのことでした。

局所療法として、この褥創はステージIIであるが、滲出液はかなり多いのか。イソジンシュガー軟膏は交換時にはまだ残っているのかとの質問に。
滲出液は多く、交換時には軟膏などは残っていないとのことでした。
そのような返事に対し、軟膏が残っていないくらい滲出液が多いのであれば、今のイソジンシュガー軟膏を使う方法でよいのではとの意見がありました。また、滲出液が多いのであれば、フィルムに穴を開けてはどうかとのアドバイスがありました。
しかし、イソジンシュガー軟膏は白糖とマクロゴール軟膏からなっており、吸水作用が強く創面が乾燥してしまう。この例ではステージIIと考えられ、かつ感染しているとは思えない。ワセリンやゲーベンクリームを塗布し、オムツで直接被うことを勧められました。
あるいは、穴を開けたフィルム材を貼付するのみも選択できるとの意見もありました。

便による汚染の方が問題ではないかとの意見が出ました。それに対し、フィルムに穴を開ける方法が再び勧められました。

周囲のフィルムを貼っている部分がただれていることが指摘されました。フィルムを止めた方がよいのかとの質問が出ました。
止めるならワセリンを塗るのみあるいはゲーベンクリーム塗布のみがよいのではとの指摘がありました。

下痢に対しては、便秘による下痢と下剤による下痢かによって、対策が違うので、はっきりさせた方が良いとの意見がありました。
便秘になると直腸内に硬便が溜まり、この硬便のまわりの部分のみが溶けて絶えず水様便を失禁する。この場合はむしろもっと下剤を増やして徹底的に下痢をして直腸内を空にする必要がある。その後、適度な硬さの排便になるよう薬を調整するとのことでした。
逆に下剤の使いすぎで下痢になっている場合は、下剤の量を減らしてちょうどよい量にしていくとのことでした。
まず直腸に指を入れて、いずれの下痢のパターンなのか診断することが勧められました。これは大変簡単な方法です。

局所療法としては、ゲーベンクリーム、ワセリン、あるいはセキューラPOを塗布し、おむつを直接あてることが大方の意見でした。

「精神疾患の方で褥創が多いことはよく経験する」との意見がありました。精神疾患の褥創パターンとしては、「絶えず動くことでズレによる褥創発症」と「薬などのせいで不動となることで褥創を発症」の二つのパターンがあるが他にあるかとの質問がありました。
その通りで、二つのパターンがあるとのことでした。「絶えず動く」例では、ワセリンを使って保護することで、褥創発症が防がれているとのことでした。この場合、シャツの下にワセリンを塗布するとのことでした。

精神疾患で、汗を多くかく方に褥創発症が多いのかとの質問に、汗が多いことで湿疹ができることはあるが、褥創発症となった例は記憶にないとのことでした。

この方では、抗精神薬を減らしたことで食欲が亡くなり、朝は食べるが、昼や夜は食べない。胃潰瘍食を出されているが、その際牛乳がヨーグルトに変更になったが、胃潰瘍では牛乳は良くなくてヨーグルトの方がよいのかとの質問がありました。
それに対し、牛乳でもヨーグルトでも変わらないだろうとの意見でした。ただし、腸内細菌にはヨーグルトの方がよいとのことでした。
他の方からは、1日全体量が多くなればよいのであれば、朝の食事量をもっと多くして朝のカロリー量を多くし、昼や夜は量を減らしてはどうかとの質問がありました。管理栄養士からは、そのような方法でも良いのではとの意見がありました。

「昨年の症例のその後」に関して、多くが良くなったが、何が変わったのかとの質問がありました。
この前発表してから、ケアがよくなり、認知症の患者では褥創発症はなくなったとのことでした。Alb 2.5以下でも褥創ができなかったとのことでした。
具体的なことに関して質問がありました。
それに対し、介護さんもオムツ交換の時に「みてください」と言うようになった。
また、ワセリンで保護し、時に亜鉛華軟膏も使うようになったとのことです。汚れは植物油で拭き取り、きれいにしてから洗浄し、そのあとで軟膏を塗布するようになったとのことでした。
「スキンケアがよくなったということか」との質問に、そうだとのことでした。
具体的な方法において、石鹸が使用されていなかったため、その点に関して討論が始まりました。

創周囲皮膚の石鹸洗浄はしない

症例のように治ったばかりで脆弱な皮膚で覆われた仙骨部などの洗浄やスキンケアはどうしているかとの質問がなされました。
それに対し、ニベアスキンローションを塗って保湿しているとのところがありました。具体的には、リモイスクレンズにて拭き取ってから塗っている。あるいは、オリーブオイルを塗っているとのことでした。
治りかけの皮膚は弱いので、石鹸は使わず創面や創周囲を洗浄してから保湿剤を使うとのことでした。
生食洗浄をしてから、リモイスクレンズで拭くとか、その後セキューラPOを使うという意見もありました。
発表者の所では、蒸しタオルできれいに拭いてからベビーオイルをぬっており、石鹸は使わないとのことでした。セキューラPOを塗ることもあるとのことでした。
会場からは、オムツ交換の時、暖かいタオルで拭いてからワセリンを塗っている。前のワセリンを拭かずに次のを塗ることもあり、これから拭き取ろうと思うとの意見もありました。
拭き取りにベビーオイルを使うとのところもあり、いずれも植物油で拭き取るところが多く、今は石鹸を使って清拭することを基本とするところは殆ど無いことがわかりました。
その点に関し、以前は創部を石鹸で洗っていたが、そのようにするとテープかぶれがおこった。今はリモイスクレンズを使って石鹸は止めているが、テープかぶれ等の皮膚炎は減ってきたとのことでした。
便の汚染があるときは、ビオレ(弱酸性石鹸)で洗った方が良いとの意見も出ました。

そこで、便汚染があったときの創洗浄はどうしているのかとの質問がありました。
まず、便汚染とのことだが、汚染しない工夫がまず重要との意見がありました。下痢便をしている場合、お尻にスキンクリーンコットンを使うと、汚染しにくいとのことでした。定期的にコットンを取り替えることで、創部への汚染が減らせるとのことでした。
便汚染があっても、まずペットボトルなどに入れた微温湯を十分に使ってシャワー洗浄することが重要で、そのあとでリモイスクレンズを使って拭き取ることが勧められました。
根拠としては、我々自身がウオッシュレットを使うとき、便で汚れたお尻を微温湯で流してから水分を拭き取っている。決して石鹸で洗っていないではないかとのことでした。
患者さんが便汚染しても同様で、いちいち石鹸で洗うことはせず、十分な量の微温湯で流し、水分を拭き取ればよいのではないか。そのあとで必要なら保湿剤を塗布すればよいとの意見でした。これは大変説得力があり、皆納得しました。

そのように考えると、現在市販されているリモイスクレンズを皆さんが使っていることは理にかなっており、越屋メディカルケア株式会社から発売されるベーテルFも、これらの需要にあっていると考えられました。

まとめ

精神疾患の患者さんに発生する褥創については、まとまった研究がないように思えますが、発生要因の整理と具体的な対策ができることが望まれます。本日の発表でも対策が出ていました。
さらに、創部洗浄について「石鹸を使って洗う」がこれまでの基本だったと思っていましたが、現場ではもう石鹸は使われておらず、皮膚保護作用のある洗浄剤が使われ、保湿剤の使用も進んでいました。しかし、それに対応する製品は少なく、現在2社からしか出ていないこともわかりました。