第15回 体圧分散寝具の使い方

2006年7月1日

 褥創は骨の出っ張った部位が長時間圧迫されることで組織血流が途絶してできる創傷です。寝たきりの方で体位変換が充分行われないときによくみられることから、床ずれとも呼ばれます。骨と体表の間の全ての組織が圧迫にさらされるため、発赤程度の皮膚の変化でも、皮下の脂肪組織や筋肉組織には強い変性壊死の変化がすでに起こっている場合があります。
 このように持続的な圧迫が原因の褥創を予防し、あるいはできた褥創の治療にあたっては、骨突出部への加圧を減少させる必要があります。このとき使われるのが体圧分散寝具と呼ばれるもので、エアーマットレスが代表です。その他フォームマットレス(スポンジマットレス)も使われます。
 今回は、褥創予防と治療に必須のアイテムであるエアーマットレスに焦点を絞って、その使い方と問題点について解説いたします。

エアーマットレスによる除圧の理論

 エアーマットレスとは、ビニールなどでできた空気枕に空気を入れクッションにして、体の出っ張った所を含めて体全体を大きく包み込み、体重を広い範囲で受けることを目的に作られたマットレスです。体全体を包み込むためには、空気圧を低くした方がよいのですが底付きしてしまいます。空気圧を低くした場合、空気枕の高さが高いほど底付きせずに体をより広い範囲で受けることができるようになります。
 しかしこれではフワフワしてしまうため、空気枕を分割して筒状にしフワフワ感を少なくしたのが今出回っているエアーマットレスの形です。底付きせず、かつより体圧分散効果を高めるため、エアマットレスメーカー各社は空気枕の素材・形・密度に工夫を加え、さらに各空気枕をコンピューター管理のハイテクにしたりと苦労をしています。
 筒状に分離された空気枕も、ただ単に厚くするだけではなく、それぞれを2系列、あるいは3系列にして空気を交互に入れ替えるものが主流です。この空気の入れ替えを2~3分毎に行うと、膨らんだ空気枕の当たるところが時間とともにかわることで、一ヶ所に連続して圧力がかかる時間を5分程度にしています。
 実は体圧分散効果としては、この「空気枕の厚さ」と「空気の交互入れ替え」が二大重要点であり、素材などの工夫による効果はこの二つの効果と比べると圧倒的に少ないと考えています。したがってエアーマットレスの選択に当たっては、「空気枕の厚み」と「エアーの入れ替えがあるのか」の二点に注目して選べばよいと思います。

エアーマットレスの選び方

 空気枕の厚みについては、「5~7cm程度」「10cm前後」「15cm以上」の三つの区分で考えています。「5~7cm程度」のものは、体圧分散効果よりも寝心地重視のタイプです。自分で体位変換ができる方や、意識がしっかりしていてフワフワ感が嫌な方に用います。このように体圧分散効果が少ないため、体位変換ができないような方には勧められません。
 次に「10cm前後」のエアーマットレスについてですが、体位変換ができない方か、褥創の発症があって体位変換がしにくくなっても褥創の予防や治療を優先しなければいけない時に選択します。普通のベッドでかろうじて体位変換をしているような方にこのタイプのエアーマットレスを用いると、自己体位変換ができなくなり、寝たきり状態への移行を加速する可能性があります。注意が必要です。
 普通に体位変換ができる方では、このようなエアーマットレスを用いても体位変換が可能で、このタイプでは寝心地がそれほど悪くないものもあり、寝心地重視を謳っている型のものでは意識がはっきりしている人でも眠りやすいものはあります。ただし、意識がはっきりしていて体位変換ができる方には、やはり薄いタイプのものを優先的に考えるのが筋で、厚みのあって寝心地のよいものを敢えて選択する必要を感じません。
 「15cm以上」のエアマットレスを用いると、元気な人でも体位変換がしにくくなります。したがって、このタイプのエアーマットレスは、体位変換が全くできない方が対象です。より重症のタイプでは30cm以上のものもあり、このようなかなり厚いものではほとんどがコンピューター管理のエアーマットレスになっています。「15cm以上」のものを選択する場合は意識がほとんどないことが前提となるため、ICU等ではこのタイプのエアーマットレスが標準となります。
 いろいろなタイプのエアーマットレスがいろいろな会社から発売されていますが、以上の三つの分類で考えれば、おのずと個々の患者にどれを選択すればよいのかが見えてくると思います。30cm以上のものを除いて、一般的にベッドのマットレスの上にエアーマットレスを乗せて用います(上敷きタイプという)。
 以上のいずれの場合においても、圧切り替え型を選択したほうがよいでしょう。

エアーマットレス使用上の注意点(落とし穴)

 エアーマットレスは電気によって作動しますが、まずはここが最も重要です。病院や介護施設では、患者の移動が付き物です。その際使っていたエアーマットレスの電源は切られることがほとんどです。ベッドにエアーマットレスを設置しベッドメイキングをしますが、この後、電源を入れ忘れる例がかなり多いのです。30分程度で気が付けばよいのですが、数時間以上気付かれない事がほとんどです。予防的に使っている場合、電源入れ忘れが原因で褥創が発症することも少なくないようです。もちろん褥創の治療を行っている場合は、せっかく治ってきた肉芽組織の中に再び黒色の壊死ができたりといった影響がみられます。
 次に圧設定の間違いがけっこうみられます。最近のものでは設定圧を体重で合わせる形式のものが出てきて圧調節をすることが習慣化していますが、以前のものでは最大値、あるいは最低値で使用されている、あるいは全く設定を気にせず偶然に任せてあるものなどがみられました。もう一つ停電時には、停電以前の設定に戻らないものがほとんどで、電源を切った後や停電のあとでは必ず設定をやり直す必要があります。
 電源は入っており、設定も基準通りに合わせてあってもエアーマットレスでは思わぬトラブルがあります。一つはチューブトラブルです。圧切り替え型のエアーマットレスで処置中ずっと同じエアー枕が虚脱していることがありおかしいと点検すると、チューブが器械から外れていたり、ベッドの枠のところで屈曲していたり、あるいは空気枕に穴が開いていたりといろいろなトラブルがあります。このようなトラブルでは空気圧が足りないとは気付かれており、圧が最大設定になっていることがほとんどです。ひどい時は1週間以上気付かれない事があります。当然体は底付きしており、褥創のある患者ではどのような処置をしても、治療に抵抗して悪化します。
 もう一つは、残念なことに器械の故障もけっこうみられる事です。考えてみれば空気を吸って吐き出す器械が、一般的にベッドの下などのホコリの多い所に設置され、24時間365日働き続けるのです。フィルターの詰まりはすぐに起こるし、そもそも器械の故障で圧がおかしくなっても何の不思議もありません。しかし突然器械が止まることはほとんど無く、圧が高くなるものが多く、時に圧が出なくなるものも見かけます。少なくとも5年経ったものは故障していると考えたほうがよいでしょう。買い替えを考えるべきだと思います。業者に頼んで定期的な点検も忘れてはいけません。個人的な経験としては、新品の初期不良で高圧になっていたものを経験しています。この例では褥創の治りが悪く、原因はエアーマットレスの故障でした。エアーマットレスを交換するとあっという間に治癒に向かいました。
 エアーマットレスを使う場合は、患者のところへ行く時いつもエアーマットレスを押してみて、正常な圧になっていることを確かめる習慣が必要です。また、目盛に頼らず手動でエアーの圧を適正に調節する方法も知っておきましょう。

フォームマットレスも選択に入れる

 エアーマットレスは体圧分散寝具の第一選択ですが、今まで書いたように使うにあたっては幾つかの注意点があります。このように考えると電気を使わないフォームマットレスも次善の方法として選択に入れるのもよいでしょう。
 フォームマットレスの持つ欠点としては、骨突出部での圧力がより高くなるという点があげられます。つまりフォームマットレスのスポンジの特徴として、より強く圧迫してつぶれたところの反発圧は強く、少ししか押されず圧迫の少ない部位での反発圧は低くなります。この点については、空気や水を使ったエアーマットレスやウオーターマットレスでは、接触面全体の圧がパスカルの法則によって理論上は同じ圧になるのと大違いです。この欠点の対策として、最近のフォームマットレスは低反発ウレタンタイプのものが主流になってきました。これは少しでもマットレスと体の接触する部分の圧を同じにしたいという目的から出たものです。この低反発ウレタンエアーマットレスでは、骨突出部など圧の強い部ではウレタンがしだいにへこんで変形し、底付きするまでにいたります。そして広い範囲で体圧を受けるようになります。しかし底付きを避けるため、厚みの半分は普通のウレタンマットレスにしたハイブリッドタイプが採用されています。いずれにしても、骨突出部の圧は高くなるという結果になります。
 この点を考えると、ウレタンマットレスはあまり体圧分散を必要としない症例で、かつ調整が難しいと考えられる介護施設や在宅(本当は在宅はレベルが高いのだが)での使用が勧められます。
 また、寝心地を重視し、エアーの入れ替わりのために不眠となったり、癌の脊椎転移などで制止型が必要な方等への限局的な使い方になるでしょう。いずれにしても体圧分散効果はエアーマットレスの「5~7cm」相当にしかならないと認識しましょう。したがって普通の病院用マットレスの全てをウレタンマットレスにするのも一方かもしれません。しかし、看護レベルの高い病院で褥創高危険群や褥創症例への選択は考えにくいと思います。

シーツとカバーの基本

 エアーマットレスやウレタンマットレスには、一般的に専用のゴアテックスカバーが付属しています。これがあれば、便や尿でカバーが汚染されても内部に汚染物が侵入することはなく、拭き取りできれいになります。このカバーの上にシーツを一枚のみ用いるが最も勧められる方法です。ゴアテックスが水蒸気を通すため、ゴアテックスとシーツのみでも蒸れは少ないものです。この上にバスタオルを敷かれる場合が多いようですが、バスタオルはシワになると盛り上がって皮膚を局所的に圧迫し褥創の原因になります。バスタオルの使用は勧めません。
 最近のものでは、ゴアテックスのカバーの中を空気が循環して内部の湿気を取り除く機能を持ったものもあり、これもアイデアです。しかし、エアーマットレスそのものから空気が吹き出す機能のものは勧めません。まずスカスカして寝心地が悪いようです。また汚染物が吹き出し孔から逆侵入の危険があります。さらに室内の空気を汚す危険もあります。肝心の体圧分散そのものへの影響があって、価格が高い割には一般的に圧調整が高めになり、体圧分散効果も期待できなくなってしまいます。幸いなことに、最近は空気の吹き出すタイプは人気がなくなり売れなくなっています。

 以上体圧分散寝具、特にエアーマットレスの分類と使い方について解説しました。あまり複雑なことは考えずに、患者さんの意識状態と体位変換能力によって決めることが大切です。また使用にあたっての注意が大変重要です。在宅では使用上の注意を一度しっかりと伝えれば、使用する人が限られるためにかなり複雑なエアーマットレスでも上手に使いこなされています。それに反し、医療・介護の施設では、一人でも使い方を間違った方がいると悪影響が大きいことが問題です。