第06回 痛みの無い擦過傷の治療

2005年10月1日

  転んだりぶつけたりしたときにできる擦過傷。浅い傷は本当に痛いものです。この擦過傷の治療について最新の閉鎖性ドレッシング材を用いた方法を御紹介いたします。

皮膚の構造と役割

  皮膚は表面から表皮・真皮・皮下脂肪層となっています。表皮は表皮細胞の分裂によって作られますが、分裂可能な細胞は真皮との境界に位置する基底層の細胞のみです。基底層の表皮細胞が次々と分裂することで、古い表皮細胞は体表面へと押し上げられていきます。この時細胞質内には角質が溜まり始め、同時に核が消失していきます。最後には角質のみとなって重層します。これは角層と呼ばれ表皮の表面を占めます。いわゆる垢となる部分です。
  角層には保水作用があり、皮脂・角層細胞間脂質・天然保湿因子(MMF)の働きで適度な湿度を維持します。そして乾燥した空気から、角層より下の湿った環境を守ります。角層は15~25層の角質が重なってできており、外的摩擦の発生時には自らが脱落して内部を守ったり、化学物質などの暴露からも角質の脱落によって内部を保護します。
  さらに皮脂腺由来の皮脂や、角質細胞間脂質・汗、細菌の関与などによって、角層はpH5前後の弱酸性環境を保ちます。この弱酸性環境によって細菌や真菌の増殖は抑えられます。これらが角層の持つ物理的・化学的保護作用です。
  このように優れた働きをする角層も過剰な水分には弱みがあります。角質は水分吸収作用があり、長時間過剰な湿潤にさらされると浸軟(ふやけ)をおこします。浸軟した角層からは皮脂や角層細胞間脂質・MMF等が流出し、また角質関の結合が緩くなるため、せっかくの化学的・物理的な強さが失われてしまうのです。これがドライスキンです。
  体内を保護する重要な役目をする角層を含む表皮には、血管や神経は基本的に分布していません。厳密には知覚神経の細い枝が来ているとする説もあります。表皮のみの損傷では、角質が障害を受て化学物質やアレルゲンが表皮を通過してしまうため、結果として真皮浅層に分布する神経末端が刺激されて痛みや痒みを生じます。
  ではこの痛みや痒みなどの知覚は、真皮のどの部分で感じるのでしょうか。真皮と表皮の境目は、乳頭状に入り組んでおり、この乳頭状に入り組んだ部分の真皮側を、乳頭層と呼びます。この乳頭層には血管がループ状に入り込み、また神経末端も集中しています。つまり真皮乳頭層は血流・神経ともに豊富な部分です。表皮の厚さはわずか0.1~0.3mmしかないので、表皮基底層に入り込むように出っ張った乳頭層の神経末端に、皮膚表面の刺激は敏感に伝わります。
  皮膚の損傷が真皮層におよび、特に真皮浅層の乳頭層を露出するような浅い傷が生じると、この部分には知覚神経が集中していることから、神経末端が強い刺激を受けるため激しい痛みを感じます。また血流が豊富なため、かなりの出血を伴います。ちなみにこの傷も、真皮層を全てはぎ取り皮下脂肪組織が露出するほど深くなるとどうでしょう。神経末端が皮下脂肪層に少ないことから、傷が深いにもかかわらず、逆に痛みは少なくなります。

表皮化のメカニズム

  真皮は0.4~2mm位の厚みがありますが、ここには毛嚢・皮脂腺・汗腺といった皮膚付属器がみられます。これら皮膚付属器にそって表皮細胞を作る基底層が並んでいます。つまり、真皮深層まで延びる毛嚢に引っ張られ、基底層も真皮の深部まで達しています。擦過傷などで表皮が全て剥離し真皮が露出した創面でも、毛嚢にそって創表面に基底層が点在しています。このような真皮層が残った創面を、部分層損傷あるいは中間層損傷と呼びます。ちなみに真皮も損傷して皮下組織が露出すると全層損傷と呼びます。
  中間層損傷では、創傷面全体に基底層が点在露出しているため、表皮細胞の分裂は創面全体でみられ、表皮化は創面全体に均一におこります。それに対し、全層損傷では基底層は創辺縁部にしかないため、表皮細胞の分裂は創辺縁部しかおこりません。これらのことから全層損傷では表皮化は創周囲からしかおきません。

表皮生理学に基づく局所療法の選択

  さて、擦過傷の多くは表皮および真皮の一部の損傷です。つまり創表面を覆い、創表面の湿潤環境を維持すると、露出した基底層(つまり表皮細胞)の分裂が創面全体で始まり、一気に表皮化が完成します。創表面の湿潤環境は油性軟膏を塗布することによっても、創面の乾燥を防ぎ達成できます。しかし、油性軟膏を創面に用いると、本来乾燥している角層に過剰な水分が溜まった状態である浸軟をおこします。油性軟膏では創面の湿潤環境をつくれても、皮膚を乾燥環境に保つことができません。
  ここに閉鎖性ドレッシング材であるハイドロコロイドドレッシング材(デュオアクティブET、テガソーブライト、アブソキュアサージカル)を用いると、創面に接した部分は滲出液によってゼリー状となり、湿潤環境が維持されます。同時に創周囲皮膚においてはドレッシング材が粘着し、皮膚からの水蒸気を親水性ポリマーが吸収して皮膚の乾燥を維持します。つまり「創面は湿潤・皮膚は乾燥」を一気に達成します。
  ハイドロコロイドドレッシング材は創部に固定され、動きにも柔軟に追従するので、創面は摩擦などの刺激からも回避されます。このような創傷面の安静によって、真皮乳頭層に分布する知覚神経末端は乾燥や接触による物理的刺激が無くなり、痛みや痒みといった不快感が消失します。このように、ハイドロコロイドドレッシング材を擦過傷に用いることにより、傷は快適かつ速やかに、そして美しく治癒していきます。

創面の異物除去

  全ての創傷において、もちろん創面の清浄化は大切です。創面に異物が付着していては創感染の原因になります。また、真皮層に異物が残ったままでは、後に入れ墨のような醜い傷跡が残ります。そこで、擦過傷受傷時には創面の異物をきれいに除去する必要があります。まずは水道水あるいは生理的食塩水で十分に洗浄をします。時に石鹸で油などを落しますが、大変な痛みを伴います。
  このとき局所麻酔を用いますが、麻酔薬の注射も大変痛いものです。要は真皮乳頭層に分布する神経末端を麻酔すればよいのです。ここで用いるのがキシロカインゼリーです。まず創面にキシロカインゼリーを塗布し、ディスポ手袋を着けた指で創面を静かに擦ります。1~2分も擦れば十分で、石鹸で洗おうがガーゼでゴシゴシ擦ろうがもう痛みはありません。あるいは歯ブラシによるブラッシングを用い、真皮層に固着した異物を完全に除去します。このままにしておくと麻酔が切れた時にまた痛みが出ますから、もう一度生理的食塩水で洗浄の後、ハイドロコロイドドレッシング材を貼付してあげましょう。
  このような急性期の創面では、当初は1~2日に1回のドレッシング交換をしますが、擦過傷のような浅い傷では、すぐに滲出液が無くなり表皮化してきます。そうなれば3~4日に1回の交換となり、2週間もしないうちにきれいに治ります。
  どのような傷でも「痛くなく・きれいに・早く治る」のが良い治療です。創傷の持っている条件にそってなるべく自然の治癒力を引き出すのが、創傷治癒理論に則った局所療法です。