第23回 「陰圧閉鎖療法・栄養悪化改善と褥創の経過」

2006年1月19日

 症例検討会は2例で、陰圧閉鎖療法の有用性についての報告と、転倒から栄養障害となり褥創が発症した例についての症例提示でした。

 1例目は「褥創に対する陰圧閉鎖療法」でした。80歳代後半女性の左臀部褥創治療経過の報告がありました。陰圧閉鎖療法を行うに当たって、わざわざ北海道の病院へ研修に行かれ勉強をしてから開始されたとのことでした。
 吸引チューブは4mmの長いシリコンチューブを使用し、先端側面にはリュウエルで穴を開けて用意します。創周囲に安息香酸チンキを塗布し、(チューブ周りのエアータイトを作るため)歯科義歯安定剤のタフグリップを置いた所にシリコンチューブが来るようにしながら、穴を空けたチューブの先端が創面に来るようにします。そして全体をフィルム材で密閉固定するとのことでした。
 持続陰圧は、三方活栓付きの延長チューブに接続した注射器でシリコンチューブ内の空気を吸引して陰圧とし、さらに木製舌圧子で注射器を引いた状態で固定することで発生させます。
 これは在宅でもできる陰圧閉鎖法として褥創学会誌に紹介された方法だと記憶しています。
 さて、このような方法で27×14mmで、全周性にポケットがある深さの最大が35mmの褥創の治療を行い、3ヶ月あまりでポケットが消失したとのことでした。装置の交換は1週間に1回とし、その他、週2回の入浴時に剥れた場合には臨時で交換が行われました。この治療を開始後、ドレッシング交換時の疼痛が消失したとのことでした。この方法は感染創でも用いているとのことで、安全との報告でした。
 この報告に対し、陰圧閉鎖法を行う基準についての質問がありました。これに対し、排液の量とポケットの大きさが基準との答えでした。壊死組織があるときに密閉吸引を行っても、壊死組織でチューブがすぐ詰まることと、壊疽組織があるとポケットの癒着が起こりえず、まずはポケット内の壊死組織を除去してから開始したほうがよいとの意見が出されました。
 会場からは、以前密閉吸引を3日間ほどで交換していたとき、臭いが強くなる例が多かったこと、またひどい感染になった経験が述べられました。そのため今は毎日装置を交換しているとの意見が出されました。
 それに対し、この例は1週間に1回の交換が可能であった。全部で9例の経験をしたが、残る8例は大体2~3日しか装置が持たなかったことが報告されました。さらに2例でうまくいかなかったとのことでした。
 密閉吸引法を行う他の経験者からも、装置の交換を2~3日にしたとき臭いの強くなる例があったことと、装置の値段が安いため(やり方はこの発表例と異なる)、やはり毎日交換することを原則としていることが話されました。
 入院・入所施設では、このような注射シリンジを使うのではなく、壁吸引を使った方が手間がかからないとの意見も出されました。
 陰圧閉鎖法については、まだ試行段階の方法との意見も出され、本例のような成功例だけではなく、むしろうまくいかなかった例をもっと検討し、例えばダメだった2例や、そこそこの結果しか出なかった6例を見直し、陰圧療法の適応と禁忌をもっとはっきりさせることが要望されました。
 また、何でも一つの方法で押し切るのではなく、他の方法も試みることが勧められました。
 なお、栄養について質問が出され、この例ではPEGから摂取カロリー890Kcal、蛋白質26gしか投与されていないことが明らかにされ、かなり栄養的に危険な状態ではないかと疑問が出されました。体圧分散寝具はアドバンが使われていました。
 症例報告のまとめでも、チーム医療とNSTの意識を高めることが課題とされていました。今回は局所療法が主に話し合われましたが、栄養的なアプローチの必要性もあるようでした。

 2例目は「褥創・栄養ラウンドによる褥創管理の経過」として、70歳代後半の男性の左大転子部と仙骨部の褥創症例が報告されました。そもそもは病院入院20日前に転倒し、寝たきりになり食事ができなくなって褥創が発症し、ケアマネージャーから連絡を受けた訪問看護師が危険状態と判断し、家族を説得して入院となったようです。原疾患は脳梗塞後遺症とパーキンソン症候群でしたが、杖歩行をし認知症もない方だったようです。介護者に多少の認知症があり、褥創の発症にもあまり気がつかず、高齢で寝たきりになり、食事もしなくなり床ずれもできたため、もう助からないと考え、入院やPEGなどの治療は不要で在宅で見取りたいと考えたようです。
 入院時には、仙骨部と左大転子部に黒色の痂皮を伴い、ポケットを有し感染した10cm位の褥創があり、悪臭を認めCRPは6.3、Alb 2.7だったとのことです。身長154cm、体重39.1Kgでした。ゲーベンクリーム処置としエアーマットを導入し、体位変換が行われました。褥創ラウンドが行われ、胃瘻造設が行われることとなり、投与栄養は1200Kcalとなりました。栄養士から必要エネルギーは1827Kcalとされ、ラコールにて1800Kcalの投与が行われるようになりました。褥創は少しずつ治癒に向かい、それにつれて軟膏類の使用も変えていかれました。しかし、微量元素不足が懸念され、プロマック顆粒の投与が追加されました。
 入院約3ヶ月後、在宅での治療の継続のため、訪問看護ステーションを中心としたケアが始りました。ヘルパーが1日2回、訪問看護が週2回、医師の往診が週1回行われました。
 その後介護者が骨折し入院したため、介護施設に入所となりましたが、そこでも褥創治療が行われ、さらに改善していきました。介護施設では運動療法などが行われ意識が清明になっていったとのことです。現在在宅に戻っていますが、口腔ケアも行なわれ、端座位でヨーグルトなども摂れるようになっています。
 この例に対し、「歩けていた人に、20日間でこのようなひどい褥創ができてしまうのは大変なショックだ。もっと早くにケアマネージャーや訪問看護師が対応し、発赤程度の早期にケアを始めればこのようにならなかったのではないか」との意見が出されました。
 その点に関しては、最初に書いた事情が話され、なかなか説得が大変であったようでした。しかし、褥創発症は数日の圧迫と食事摂取不良で組織壊死は完成し、その後どのように栄養改善と体圧分散を行っても、ステージIVの褥創発症は避けられない場合のあることが会場から話されました。この例でも1週間後にケアを開始してもやはり発症したであろうという意見が出されました。
 この例では骨折は無く、どうして転倒しただけで寝たきりとなったかが話し合われました。骨折が無くても高齢者は転倒したことがショックで寝込み食事をしなくなる例のあることが会場から出されました。しかもこのような例は珍しくないと他からも意見が出されました。これは驚きでした。
 そこで、転倒によってショックで寝込みパーキンソン病用治療薬を飲まなかったことから本当に動けなくなり、その時家人は認知症があるため、やはり薬を勧めず、体が動かなくなり食事もできなくなり、また嚥下障害も発症し肺炎にもなったと推察されました。その結果褥創発症に繋がったのだろうとの意見が出されました。
 ところでこの方に1800Kcalは多すぎではないかとの意見が出ました。その点に関し、高齢者の必要エネルギーの報告はなく、「おそらく本当はかなり少なくてもよいのではないか」との意見が出されました。
 この意見に引き続き、実は介護施設で栄養投与量をだんだん少なくし、1200Kcalになっていたことが話されました。在宅に戻っても主治医は1800Kcalは必要ないとのことで、実は現在12000Kcalの投与が行われているとのことでした。やはり高齢者は一般成人と同じ投与エネルギーの計算ではいけないのではないかとの疑問が生じています。
 PEGなどでは無理やりエネルギーを過大に投与できます。在宅介護施設や経験の多い開業医では自然とエネルギー量を制限しており、これは経験的にそうしているのではないかとの意見が出され、計算より経験も大事である点も話されました。
 ところで現在褥創はかなり小さくなっていますが、「主治医がラップ療法のみを指示し、困っている」と相談されました。写真を見ると、褥創周囲に白色の浸軟がみられ、さらにその周囲には発赤した滲出性紅斑がみられます。これに対しラップ療法を行っている会場の方からのコメントとして、浸軟しやすい人にはラップのサイズをごく小さくし、周囲をシルキーポアテープなどで固定するとよいとのことでした。しかし、このようにすでに浸軟し発赤した皮膚にはテープ固定ができないので浸軟を治してからになるとのことでした。
 このようになるとフィルム材も使えないため、ゲーベンクリームかオルセノン軟膏を多めに塗布し、カバーしないでオムツを直接用いると皮膚が改善し褥創も悪化はしないことが報告されました。しかし皮膚障害の改善後は、この主治医の指示を変えることは在宅では難しいだろうから、小さなラップをシルキーポアで固定していくしか方法はないだろうとされました。
 ここでも一つの方法で押し切る危険が指摘され、いろいろな方法が行える柔軟さの必要性が話されました。
 ところで、入院から退院に向けての考え方として、褥創になる前は歩行をしていたことから、褥創治療のみを目標とせず、以前の歩行まで持っていくことも目標にしてはどうかと指摘されました。実際現在在宅では端座位が可能になっていることから、今後類似した例では、まずは寝たきりから端座位へ、さらに立位へ、そして歩行へ持っていくリハビリも含めたケアを褥創・栄養ラウンドに加えていかれることが期待されました。

 今回は、特殊な局所療法である陰圧閉鎖療法の経験では、その有用性と危険性が話し合われ、褥創・栄養ラウンドによる治療例では栄養療法の有用性を再確認するとともに、高齢者にとっては転倒することがものすごいショックであり、骨折が無くても転倒のみで寝込むことが結構あるとわかりました。