第01回 なぜ創面を湿潤にするのか

2005年5月1日

「創傷治癒は創面で細胞を培養するがごとし」とよく言われますが、この言葉には傷の治療において大変重要なメッセージを含んでいます。

我々の体は皮膚に覆われていますが、最外層部は表皮特に角質層でできています。角質層の厚さは0.02mmと言われていますが、表皮全体としても0.1~0.9mm位しかありません。我々の体の中で生きて分裂できる細胞は表皮の一番深い所の1層の細胞(基底層の細胞)までで、それより浅い部分の表皮細胞は表面に押し上げられるとともに細胞質内は角質で満たされ、死に、角質層になります。
角質層は乾燥した外界に接していますが、内部に保湿成分を含んでおり、表皮深層および真皮層以下の細胞を湿潤環境に保ちます。つまり表皮によって内部環境は湿潤環境を維持できるのです。

しかし、傷を受けるとこの表皮部分は失われ、内部環境が外界に露出することになります。内部環境にある全ての細胞は生きており乾燥環境下では細胞は死滅します。傷を受けると浸出液が出るとともに創表面の細胞は乾燥壊死にいたります。この浸出液および表面細胞の乾燥化によってできたのが痂皮です。外界との間に痂皮ができると、痂皮の下に浸出液が溜まり、内部環境は湿潤に保たれます。このように痂皮は内部の細胞が生き延びるために我が身を削って作った角質層とも言えます。
しかし、この痂皮の存在には幾つかの問題があります。まず痂皮ができる時には生きた細胞が約0.5mm乾燥によって死滅します。さらに、痂皮は水分を簡単に通すことから細菌に対するバリアーになりえず、創感染の危険が高まります。また痂皮は生体にとって異物であるため、炎症反応がおこります。つまりヒスタミンなどの血管透過性物質や炎症性サイトカインが痂皮の周囲に高濃度となります。これは臨床的には痂皮の周囲の発赤や腫脹をおこし、また疼痛や掻痒を伴います。さらに痂皮の存在が長期になると炎症性サイトカインのアンバランスによって肥厚や瘢痕が強くなり、結果として傷が治癒した後には強い肥厚性瘢痕が残ります。

近年受傷早期から創面を湿潤環境に積極的に保つことで、痂皮を形成せずに治療することが可能になりました。これが閉鎖性ドレッシング法です。創面から出る浸出液を蒸発させたり創外へ出さず、創面に貯留させる方法で、そのために用いるのが閉鎖性ドレッシング材です。ポリウレタンフィルムドレッシング材とハイドロコロイドドレッシング材がこれにあたります。
ポリウレタンフィルムドレッシング材は1970年代に発明され、オプサイトやテガダームなどの商品で出ていますが、浅くて浸出液の少ない創面に用います。ポリウレタンフィルムは空気や水蒸気を通しますが、水や細菌は通さない性質があります。接着剤を表面に塗ってあり皮膚に固着しますが、皮膚から出る水蒸気を通すため、ずっと貼っていても皮膚の乾燥が保たれます。また、創面から出る浸出液はそのまま創面に保持するため、皮膚は乾燥、創部は湿潤を維持します。浅い創面ではこれを単に貼るだけとし、浸出液が漏れた時に換えていけば、痂皮を作らずに創面に表皮化がおこり傷は速やかに治癒していきます。

ハイドロコロイドドレッシング材は1980年代に発明され、日本では1987年から保険適応となりました。ハイドロコロイドはポリウレタンフィルムよりさらに進化したドレッシング材で、皮膚からの水蒸気は厚みのある粘着部の親水性コロイド粒子が取り込んで皮膚の乾燥を維持し、同時に疎水性ポリマーで皮膚に粘着します。創部では、浸出液を親水性コロイドが取り込みゼリー状あるいはスポンジ状となり湿潤環境を維持します。粘着部分は乾燥した皮膚にも少し湿った部分にも粘着するため、浸出液が多少多くてもポリウレタンフィルムのように剥れてしまうことなく、接着し続けます。
ハイドロコロイドドレッシング材には、簡単に湿潤環境を作り創治癒を促進しますが、さらに多くの特徴を備えています。これらの特徴をふまえて使っていくことで最大限の治療効果を出すことができます。