低血糖に気を付けよう!

 慢性的に血糖値が高過ぎる状態のために慢性合併症や急性代謝障害を生じるのが糖尿病です。従って、血糖を適正値に下げておくことが基本です。しかし、血糖値がある水準を下回ると急に危険な状態に陥ります。「低血糖」です。ですから血糖を下げるといっても、低血糖にならない範囲でということです。低血糖はこのように糖尿病の治療で起きることも多いですが、糖尿病とは関係のない病気や状態で起きることもしばしばあります。例えば、摂食不十分な患者に濃い栄養を点滴(高カロリー輸液)していて急に中止すると反応性低血糖となったり、胃切除後や甲状腺機能亢進症の患者が吸収の良い糖質を大量に飲んだ後にも同じことが起きることがあります。そのほかにもインスリノーマという腫瘍による低血糖やインスリン自己免疫症候群などの疾患、肝硬変・腎不全・副腎不全・敗血症やアルコール多飲後低血糖など、糖尿病治療とは無関係な低血糖もしばしば経験されます。
 今回は、糖尿病治療の経口血糖降下剤(内服薬)や注射薬(インスリン・GLP-1)による低血糖の話をさせていただきます。血糖値60未満は一般に低血糖と判断されます。本によっては70未満 や55未満と記されているものもありますが、低血糖症状が出現する血糖値の個人差や低血糖に反応して血糖を上昇させるホルモン分泌が起きる血糖閾値の差異により、いくつ未満を低血糖と捉えるかが異なるからです。平素いつも高血糖であれば80程度で症状が出たり、比較的良好な血糖値であったときは60未満になってから症状が出るということもあります。一般には、空腹感や倦怠感など漠然とした症状に、「発汗・動悸・ふるえ」等が加わり、不安や苦痛を感じます。この時、血糖値を上げようとして交感神経が盛んに働き、肝臓に蓄えてあった糖を血液中に放出します。つまりこの症状は交感神経の興奮によるものです。低血糖によるこの症状を「低血糖の警告症状・自律神経症状」といいます。(また、低血糖でないときでも、危機的な状態、非常に焦り慌てた状態になったときも交感神経が興奮して同じ症状が出ますが、この時も肝臓から血液中に糖が放出されています。) 肝臓からの糖放出よりも血糖値を下げる作用が強いと、低血糖はさらに進行して、ついには、「中枢神経症状」に陥ってしまいます。
 血糖値が50程度を下回ると、脳の糖不足の症状「中枢神経症状」が出現します。個人差は大きいですが、眠気・眼のかすみ・頭重感などから、40程度で意識レベル低下・異常行動、さらに低下すると昏睡状態に陥ります。低血糖性昏睡は大至急で改善させないと、回復後に脳後遺症を残したり、脳死に至ることもあります。低血糖で意識低下がしたら、自分では糖を飲めず、救急車を呼ぶことも困難ですから、誰かが助けてくれない限りは死亡に至ることもあり、このような意識障害を伴う低血糖を重症低血糖といいます。
 血糖値が下がり過ぎると、「警告症状・自律神経症状」が出現し、放置していると「中枢神経症状」に進行するのが一般的です。前者の時に速やかにブドウ糖を飲む必要があり、多くの場合は回復します。しかし、「警告症状・自律神経症状」を伴わずに「中枢神経症状」から出現することがあります。これを 「無自覚低血糖」と呼び、非常に注意が必要な状態です。動悸・ふるえ・発汗などの先行症状がなく急に意識低下から始まるので、ブドウ糖を飲むことができず、突然に重症低血糖になってしまうからです。患者さん自身の命も危険ですし、自動車運転中などでは大事故の原因にもなります。原因は高度の自律神経障害です。次の2つの例があります。①糖尿病の合併症による自律神経障害や脳・神経障害の疾患による自律神経障害、②低血糖を頻回に起こしていることにより、「警告症 状・自律神経症状」が起きる血糖閾値が下がり、結果的に「中枢神経症状」出現閾値よりも低くなってしまったとき。「警告症状・自律神経症状」の閾値は平素の血糖値の慣れにより変動しますが、「中枢神経症状」の閾値は変化しないので、両者の閾値が逆転することで起こります。
 中枢神経症状でブドウ糖が内服できないときは、一刻も早く、ブドウ糖を静脈注射(医療機関)が必要です。あるいはグルカゴンというホルモン剤も緊急で血糖値を上げるのに有効です。
 糖尿病の薬物療法中は、必ず低血糖について十分な知識と対応ができるようにしてください。①ブドウ糖を常時携帯すること。②患者さん自身はもちろん、ご家族や周囲人に低血糖時の対処を理解していただくように。この2点は非常に重要なことです。
 糖尿病の薬物療法には多種類の薬が使われます。低血糖に特に注意が必要なものもあれば、めったに起きないものもあります。内服薬ではSU剤は最もなりやすく、α-グルコシダーゼ阻害薬は起きにくいです。多数の内服薬や注射剤にはそれぞれの特徴があり、起きやすい条件や危険性の高い時間帯も薬によりそれぞれです。また、個々人の疾患や薬の飲み合わせによっても変わってきます。(ある種の不整脈の薬や鎮痛剤、抗菌剤、降圧剤など、糖尿病とは関連のない薬でもまれに低血糖を起こすことがあります) ご自分が使用中の薬剤については主治医や薬剤師に尋ねてください。